[2003.08.29]
  祈りの夜空


 ▼「6万年ぶりの火星大接近」の楽しみ方(WIRED NEWS)
  http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20030827305.html


 火星は,10月ごろまで普段よりも明るく,天に照り続ける。

quote:27日に火星はおよそ6万年ぶりに,地球から約5576万キロの距離まで接近する。前回ここまで大接近したのは,人類の歴史が始まる前のことだ。この火星観測ブームによって,天文マニアの裾野は一時的に広がるだろう。

 それはまだボクが小学生のときの夏休みだった。父の研究のために,1ヶ月間,誰も人が住まない田舎の過疎地で生活することになり,夜はいつも,野外で父の調査の帰りを待っていた。人工の明かりがひとつもない場所,照らすのは星と月だけ。そのとき,夜半にとてつもない明るさで赤く輝く星があった。さそりの赤い目玉,アンタレスかと思ったけど,高度が全然違う。それに明るさも倍以上違った。ボクはひときわ明るいその星をみながら,天の下で暮らす人の意味をぼんやりと考えていた。そして,耳の奥に響く,ある音を聴いていた。あのとき聴こえたあの唄声のようなものは,なんだったのか。

 …。先日からうちで働いているビズボット(人型ロボット)が検索してくれたところによると,あのときみたのは地球に6万年ぶりに接近した火星だったという。今,わたしが住んでいるこの地では夜空で星をみることなどできないが,わたしは目を閉じると,いつでもあの夜の星空が目に浮かぶ。そしてあのときの唄声,わたしがいま研究の対象としている標高3000m以上の高さに暮らすシェルパの民が,摩尼車を回しながら祈る言葉の響きに似たあの唄声。ワイヤードのしじまでも時折耳にするあの唄声が,今でも胸を貫くように鳴り響く。天高く 祈り波打つ 辰の朱。


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